クラウンの本場でもある米国では、エンターテインメント系のクラウンはクラウンと名乗らないことが多い。
彼らは自分のことをフィジカルコメディパフォーマーと言ったりする。
クラウンというと、値段が下がったり、最悪、仕事がなくなったりする。
驚きである。
理由は難しくない。クラウンの愛好家が多い米国では、「うちのおじいちゃんもクラウンなんだよ」という現象が珍しくはないのだ。
つまり、仕事としてクラウンを行う愛好家が増えたことで、価格破壊が起こり、安価でフレキシブルな愛好家クラウンの存在が主流になった、ということの表れだ。
もちろん、一流どころのエンターテインメントクラウンも存在する。けれど、それは本当に一部だ。
(そしてそれは過去のものとなりつつある)
現代の米国ではクラウン文化そのものが「過去のもの」で「お洒落」でも「クール」でもない、ということだろう。
そんなわけで、多くのクラウンアーティストは、コメディフィジカルパフォーマーへと転身した。
(確かに、その方がクールでホットでおしゃれな感じがする‥)
誰も悪くない。
それが時代の「流れ」というものだ。
同じようなことは、さまざまなジャンルで起こってきた。
どんなに密度の高いものも、徐々に薄まり、そのぶん広がるのだ。
で、ふと思う。自分たちはどのあたりにいるのだろう?とー。
んが、過去のものであろうと、薄かろうと、濃かろうと、自分の持てるものを大好きなクラウンの世界で最大限、使ってみたい。
そして、そういう自分たちの活動の価値にプライドを持っていたい。それってホットでクールでお洒落でなくとも「粋」だって思うから。
【クラウンって】粋がいいなー

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