始まりは震災のシーンからー
暗闇の中の轟音、崩れ落ちる物音と悲鳴がけっこう長く続いた。
直接の被災者ではない私には、擬似体験として、必要だったと思う。
この日は、友人の出演する演劇を観に吉祥寺シアターへ。
受付の方のきちんとした対応、丁寧に作られたセットに、期待が膨らむ。
ーざっくり内容ー
作品は震災直後の被災地の避難所が舞台。
複数の被災者の悲しみと怒りが交錯し、それぞれの中にあった弱者に対しての差別意識を顕にしていく。
そんな混乱から起こる避難所での幾つかのクライシスを乗り越え、絆を編み始める人々。
やがて訪れた復興の兆し。
避難所を後にする人々の心の中には、被災を機に希望のタネが撒かれていた。
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観た後の気分は、爽やかだった♪
大人数の出演でもちゃんとバランスがとれている素敵なチームだ。
台本は美術や受付と同じように、丁寧に真面目に作られていた。
「事実」を相手に架空の作品を作るのは、勇気のいる事だ。
作家さんや演出、俳優さんは若くフレッシュで、この作品のメッセージを心得ているのが伝わってくる。
ただ、そんな作家の清潔感と正義感、人の良さが、作中人物たちが持っている「闇」や「虚無」の一歩手前で立ち止まってしまった感がぬぐえない。
「悪い人」も「悲惨な」事もここでは温かい理解と思い遣りで溶解していく。
理想として、そうであってほしいーという願いがあるのはわかる。
けれど、被災地に赴いた経験や被災者の生々しい体験談を聴いた身としては、どうしても「ご都合主義」的な解決のように感じてしまう。
被災者ではない者がそう感じるのだから、被災者当人が観たらどう感じるだろうか?
悲惨な事実への救いを提示するのなら、理解の真逆にある根の深い差別意識や自己愛を照らし出す「もう一歩の踏み込み」が欲しい。
311でもコロナでも、コメやトイレットペーパーを巡って取り合いする人々や、罹患した家族に自殺者が出るなど、平素なら考えられないような混乱が、一気に噴き上がる爆弾を、誰もが持っているという事実。
それは作品を重たく陰鬱にするだろう。
だからこそ、その問いに対する答えとしての『希望』を作家が描き出すコトが、暗闇を照らす灯りになるのではないだろうか?
この、バランスのよい舞台を創りだすチームの書き手が、作り手が、演じ手がきっと『答え』を見つけてくれるーという次回への期待と願いを込めてー。
